鉄よりも強くアルミよりも軽い。次世代素材の革新的な製造法とは。

三井化学様 炭素繊維製造プロジェクト2023.01.12

  • 業界・業種:素材

  • プロセス:焼成

開発の背景

炭素繊維は優れた素材だが、環境への負荷が大きい。

ゴルフや釣り竿などのレジャー用途から航空機や自動車などの輸送機まで、幅広く使われている素材、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)。鉄よりも強く、アルミより軽い、次世代の素材として注目されてきました。プラスチックの強化材料として用いられる炭素繊維は、文字通り90%以上が炭素で構成された繊維です。

自動車は車体重量の大部分を鉄が占めるので、その一部を炭素繊維強化プラスチックに置き換えることができれば車体が軽くなり、燃費の向上が期待できます。ところが炭素繊維の製造工程においては膨大なエネルギーが必要であり、製造時のCO₂排出など環境への負荷が大きく、コスト面でも課題があることから、現状では高級車やスポーツカーにしか採用が進んでいません。

マイクロ波活用の意味

これまでの課題を一気に解決する革新的な技術「Carbon-MXTM

現在、炭素繊維の主流であるPAN(ポリアクリロニトリル)系炭素繊維を製造するためには、「耐炎化」と「炭化」という2つの焼成工程が必要になります。

まず、従来の耐炎化工程では、原料を熱に強い繊維(耐炎化繊維)に転換するため、200~300℃の熱風により60分から120分という長時間にわたって繊維を加熱します。そのため、膨大なエネルギーを消費し、その割合は炭素繊維製造工程全体の60% を占めることから、処理時間を短縮することに大きな意味があります。しかし、時間を短縮するために急速に炉の温度を上げると、原料である樹脂(PAN繊維)は、熱に弱い状態のまま高温にさらされることとなり、切れてしまいます。したがって、この工程では比較的低温で、時間をかけて反応を進めることが求められるのです。

この耐炎化工程にマイクロ波を使うと、繊維自体を直接加熱できます。そのため、大量の熱風は不要であり、PAN繊維が耐炎化繊維に変化する温度を超えても耐炎化炉内に熱がこもることがないため、安全に急速な加熱が可能になります。

次に炭化工程においても、従来の方法では外部から加熱するので、繊維以外も加熱してしまい炉全体が高温になってしまいますが、マイクロ波を使うと、繊維自体を内部から加熱することになるので、熱効率が非常によくなります。

このような、耐炎化と炭化の両工程を一貫してマイクロ波で焼成する革新的な技術を「Carbon-MXTM」と名付けました。従来法と比較し、処理時間が大幅に削減され、装置がコンパクトになることで、エネルギー消費量が約50%削減される見込みです。また、将来的には太陽光や水力などの再生可能エネルギーによる電力から発生したマイクロ波を使うことで、大幅なCO₂の削減も期待できます。

炭素繊維の製造工程にマイクロ波を使用することは、環境への負荷からもコスト面からも大きな変革を意味するのです。

開発ストーリー

自社設備を活用して試行錯誤を繰り返し、
耐炎化と炭化の両方で品質目標に到達。

このプロジェクトは、2017年に三井化学様から、PAN繊維の耐炎化をマイクロ波で実現できないかというご相談があったところから始まりました。そこで私たちは、PAN繊維をご提供いただき、本社のラボ設備で、まずマイクロ波を使った耐炎化プロセスの開発に着手しました。耐炎化が進むと、PAN繊維に酸素が結び付いて重くなります。試行錯誤を重ね、目標としていた繊維密度に短時間で到達させることに成功しました。

その後、当社の大阪事務所でベンチ設備を稼働し、数百メートル単位で炭素繊維を連続的に加熱して、マイクロ波による耐炎化に成功。量産化に対応できる技術であることを証明しました。 さらに、2020年にはマイクロ波による炭化工程の開発に着手。炭化に必要な1,000℃以上の温度に対応できる炭化炉を準備して実験を重ねました。そして2021年には、複数の繊維束を同時に、実用レベルの強度を持つ炭素繊維に焼成することに成功。その結果、耐炎化と炭化の両方において、実用レベルの品質目標に到達することができました。今後は三井化学様の名古屋工場に建設する実証設備において、量産についての検討がはじまり、このプロジェクトはますます進展していく予定です。

実証ラインイメージ

社会的意義

製造業全体にLCA(ライフサイクルアセスメント)の概念を普及させるために。

これまで自動車業界では炭素繊維強化プラスチックの活用が進んでいなかったのですが、マイクロ波を使うことで、環境への負担とコストを抑えたうえで大量生産ができるようになると、マーケットは間違いなく拡大すると考えられます。

これからの製造業は、製品が生産され流通し、廃棄・リサイクルされるまでの工程で、できるだけ環境に負荷を与えないために、常にLCAを意識し、それぞれの過程におけるCO₂の排出量を把握するべきです。

私たちが開発を進めているマイクロ波による炭素繊維の製造は、自動車産業をはじめ、強度と軽量化が求められるモノづくりの分野に革新的な進化をもたらすと共に、このLCAの意識を向上させることにもつながるでしょう。