マイクロ波吸収能検証

図1:複素誘電率測定装置

マイクロ波化学で最も重要なことは、それぞれの化学物質がマイクロ波を吸収する強さを知ることです。マイクロ波の吸収しやすさは、化学物質がもつ複素誘電率ε’’という指標で表されます。そのため当社の開発プロジェクトはすべて、複素誘電率ε’’の測定から始まります。図1は当社所有の複素誘電率測定装置です。

図2:複素誘電率ε’’の大きさと、マイクロ波による物質の温まりやすさの関係

図2に示すように、マイクロ波はε’’の小さい物質を完全に透過しますが、ε’’の大きな物質には吸収されます。その結果、ε’’の大きな物質だけが選択的に加熱されます。この加熱現象は、物質を構成する分子とマイクロ波が相互作用する結果起こり、誘電加熱と呼ばれます。

図3:マイクロ波による物質単位体積当たりの加熱率

マイクロ波による物質の加熱機構には、誘電加熱の他に導電加熱や磁性加熱があります。誘電加熱は水やアルコールのような極性物質、導電加熱は金属、磁性加熱はフェライトのような磁性体がマイクロ波と相互作用したときに起こります。一般に、マイクロ波による物質単位体積当たりの加熱率Ptotal(W/㎥)は図3のように表せます。ここで、Pε, Pσ, Pμはそれぞれ誘電、導電、磁性加熱率を表す項です。

複素誘電率の周波数・温度依存性

図4:エチレングリコールの複素誘電率、周波数と温度への依存性。縦軸が複素誘電率ε’’、横軸が周波数(GHz)である。各色の線は温度の違い(20-180 ℃)を示す。

複素誘電率は、物質の温度や照射されるマイクロ波の周波数によって変化します。

図4には周波数0.1-20 GHz、温度20-180 ℃における、エチレングリコールの複素誘電率をプロットしています。例えば市販の電子レンジで使われる2.45 GHzに注目すると(図中の点線)、エチレングリコールの複素誘電率が20 ℃から180 ℃への昇温に伴い、減少することがわかります。また高温になるほど、複素誘電率のピーク位置が高周波側にシフトすることがわかります。

物質ごとに周波数や温度への依存性が異なるため、反応系をデザインする際には、各物質がもつ複素誘電率を温度と周波数の関数として把握することが極めて重要です。

複素誘電率ライブラリ

当社は、温度と周波数の関数として測定した複素誘電率のデータをライブラリ化しています(図5)。このデータをもとに、被加熱物が最も効率よくマイクロ波エネルギーを吸収するような、温度条件やマイクロ波周波数を選定します。

図5:複素誘電率ライブラリ

反応系デザインの進め方

反応系デザインの進め方を簡単に紹介します。

図6のように、原料物質や触媒粒子、そして溶媒からなる系にマイクロ波を照射して、生成物質を得る反応を考えます。例えば、それぞれの物質が持つ複素誘電率の測定結果が図7のようだったとしましょう。この場合、原料物質はマイクロ波をほとんど吸収しませんが、触媒粒子と溶媒は周波数f0, f2において強い吸収を示すことがわかります。溶媒を加熱すると、系全体が加熱されて従来法と同じになります。そこで、この系では周波数f0のマイクロ波を照射して、触媒粒子を選択的に加熱することになります。触媒粒子が高温度になれば、原料物質は触媒粒子から熱エネルギーを得て加熱されます。つまり、触媒粒子を媒介して原料物質が加熱されます。

この例では触媒粒子が選択的に加熱されるので、触媒粒子の温度が原料物質の温度よりも高い状態を作りだせます。従来の加熱方法では系全体を加熱するので、このような状態を作り出すことはできません。マイクロ波加熱では、触媒粒子と原料物質の間に温度差を生み出すことで、従来加熱法に比べて、化学反応時間を短縮させたり、生成物質の収率を向上させたりすることができます。さらに、この温度差はマイクロ波の照射エネルギー量を変化させることで調整できます。このように運転条件の自由度が高いこともマイクロ波加熱法の特徴です。

  • 図6:原料物質や触媒粒子、そして溶媒からなる系にマイクロ波を照射して、生成物質を得る反応図。
  • 図7:図6の系における、触媒粒子や原料物質、溶媒が示す複素誘電率の模式図。