マイクロ波とは?
~第3のエネルギー伝達手段~

マイクロ波とは?〜第3のエネルギー伝達手段〜

日本のすべての産業では色々な形態のエネルギーが利用されていますが、消費されるエネルギーの約30%が化学産業で使われています。
特に反応、加熱、分解、蒸留、乾燥などの加熱を伴う操作に大量のエネルギーが消費されています。加熱操作にはスチーム、熱媒、ガスなどが使用されていますが、これらの加熱源による操作をここでは通常加熱と呼ぶこととします。
通常加熱において熱の伝達は伝熱、輻射、対流によって行われます。化学産業においては特に伝熱と輻射が加熱の伝達手段として利用されています。

伝熱とは物質内部を通して熱が運ばれる現象で、化学工場では熱交換器を使ったスチームによる加熱あるいはジャケット付き反応器でジャケットにスチーム、熱媒を通した加熱などが該当します。

輻射は空間中を赤外線(電磁波)によって熱が運ばれる現象で、化学工場では加熱炉、例えばエチレン製造用のナフサ分解炉が輻射を利用しています。

伝熱や輻射による熱の伝達は加熱したいターゲット物質(熱交換器を通過する液体、反応器中の液体、分解炉のチューブの中を通過する液体、気体などですが)を保持している容器やチューブを介して行われます。

一方、全く別のエネルギー伝達手段があります。これがここで紹介する第3のエネルギー伝達手段であるマイクロ波です。
このマイクロ波は加熱したいターゲット物質に直接エネルギーを伝えることが可能で、今までとは違った効果が期待できます。
このマイクロ波による加熱をここではマイクロ波加熱と呼ぶことにします。

まずマイクロ波について簡単に紹介します。
マイクロ波は空間に生じた電場と磁場の変化によって生まれる波で、電磁波と呼ばれています。光(紫外線、赤外線、放射線など)や電波(UHF、VHF、短波、中波、長波など)も電磁波の一種です。
周波数としては300MHzから300GHz (波長にすると1mから1mm)程度の電磁波がマイクロ波と呼ばれています。

電磁波の周波数

これまでのエネルギー伝達手段と何が異なるのか?

通常加熱

例として化学工場でよく使われるジャケット付きの反応器を考えてみます。
通常加熱の場合、ジャケットに通された熱媒体(スチームやホットオイルなど)の熱が最初に反応容器の壁に伝わります。その後容器壁からの伝熱によって内部の液に熱が伝達されます。
この現象は次のような基本的な式で表すことができ、化学工学分野では非常に重要な式です。

Q=U・A・△t

Qは単位時間当たりに与える熱量(W/hr)です。この場合ジャケットに通されたスチームが反応器中の液体に与える熱量です。
Uは総括伝熱係数(W/m2・K) と言われ、熱の伝わりやすさを示します。反応器の材質やジャケット面に接している反応器内表面付近の抵抗によってUは影響を受けます。Aは伝熱面積(m2)です。熱を伝えることができるジャケットで覆われた反応器の表面積を表しています。
△tは対数平均温度差(K) と呼ばれ、加熱される側の温度差を示しています。

この式から分かることは、多くの熱エネルギーを反応器内部の液体に与えるためにはU、A、△tをそれぞれ大きくする必要があります。
しかしUは反応器の材質、内部液体の混合状態に大きく依存します。
また生産量によって処理すべき反応器の容量は決定されますが、そのことは、必然的に幾何学的な伝熱面積Aが決まってしまうことを意味しています。無制限に伝熱面積Aを大きくすることはできません。

さらに△tについても加熱媒体の温度は通常自由には変えられません。例えば通常使用している加熱媒体であるスチームの温度が120℃ですが、与える熱エネルギーを多くするために温度を200℃にすれば解決するとなった場合、新たな熱源を設置する必要がでてきます。簡単に必要な温度が得られるとは限りません。

マイクロ波加熱

それではマイクロ波加熱はどうでしょうか。
マイクロ波による加熱では与えるエネルギーは簡便的に下記の式で表現されます。

P=α・ε“・E2

Pは単位体積あたりに与えるエネルギー (W/m3)です。
αは定数、ε“は誘電損失と呼ばれて物質固有の値となります。
Eは電界強度(V/m)と呼ばれるもので、マイクロ波によって反応器空間(反応場)につくられる電界の強さです。

この式は加熱される物質固有のマイクロ波吸収能力とマイクロ波が反応場に与える電界強度Eの2乗によって与えるエネルギーが決められるということを示しています。加熱するターゲット物質のマイクロ波吸収能力については物質固有の物ですので自由に変えることはできませんが、電界強度については自由に変えることが可能です。さらに与えるエネルギーは2乗で大きくなることを意味しています。

電磁場解析イメージ
電磁場解析

これまで慣れ親しんできた伝熱、輻射などによるエネルギー伝達手段は反応器の大きさ(つまり伝熱面積)、材質、汚れなどの抵抗(つまり総括伝熱係数)など化学工学で扱われる因子により制約を受けます。
しかし、マイクロ波加熱ではそのような因子は全く関係がなく電界強度という電磁気学要素が支配的で、これまでとは違った設計の視点が必要となります。

ここで言う「これまでとは違った設計の視点」とは、通常加熱の場合、反応場は伝熱面という2次元平面上の問題でしたが、マイクロ波加熱の場合、伝熱面積や総括伝熱係数などの概念はありませんので3次元空間をいかに設計するかということです。
3次元空間の設計とはマイクロ波の照射位置や方法、空間内での電界分布、ターゲット物質へのマイクロ波の浸透深さなどを言います。

今度は分子レベルでそれぞれの加熱を見てみます。例えば反応容器内には溶媒分子と反応ターゲット分子の2種類の液体が入っているとします。

複素誘電率測定装置
マイクロ波の吸収の程度を測定する複素誘電率測定装置

通常加熱はスチームなどの加熱媒体により最初に反応器の伝熱面(反応容器の金属面)が加熱されます。加熱された反応器壁面に接触している溶媒分子と反応物質分子の両方が伝熱により加熱され選択的にどちらかの分子が加熱されることはありません。加熱されたそれぞれの分子は容器内に対流拡散し内容液(溶媒分子と反応ターゲット分子)全体の温度を上昇させます。本来であれば反応ターゲット分子のみにエネルギーを伝えたいのですがそれができません。

通常加熱のイメージ
通常加熱

一方マイクロ波加熱では適切な周波数を選定することにより溶媒分子にエネルギーを与えることなく反応ターゲット分子に直接エネルギーを伝達することができます。
つまり選択的な加熱が可能となります。
これを発展させ、特定の場所を選択的に加熱することも可能です。
例えば加熱ターゲット物質が平面に配置されたとし、その中のあるポイントを狙って加熱することができます。
あるいは多層フィルムの中で加熱したいターゲット層がある場合、その層のみを加熱することが可能になるのです。

マイクロ波加熱のイメージ
マイクロ波加熱

マイクロ波で得られるメリット

通常加熱とマイクロ波加熱の原理の違いについて話してきましたが、ここではマイクロ波加熱のメリットついて考えてみます。
これまでの話から直感的にマイクロ波加熱は“エネルギーが効率的に使われる可能性がある。
その結果反応時間や処理時間が短縮できるのではないか”と思われたかと思います。

当社はこれまでの実績から以下のようなメリットを見出してきました。

  • ①反応時間や処理時間の短縮
  • ②エネルギー消費量の削減
  • ③設備の小型化(小スペース)
  • ④収率の向上(原料の削減)
  • ⑤品質(純度、色味など)の向上
  • ⑥触媒の削減(さらには無触媒化)

通常加熱では得られないメリットだけではなく、新たな分野への展開も可能です。当社が非常に近い将来実現可能と考えている対象が以下のものです。

  • ①これまでの伝熱を用いた製造方法では決して実現できないまったく新しい物性をもつ製品の開発
  • ②医薬・医療分野でのドラックデリバリーシステム
  • ③月や火星での飲料水の確保、建築資材の現地製造など宇宙分野での活用

これらは第3のエネルギー伝達手段であるマイクロ波の特徴を生かしたものです。

マイクロ波の使用に関し考慮すべき点

通常加熱とマイクロ波加熱の違い、マイクロ波加熱のメリットについて述べてきましたが、マイクロ波加熱にもまだ考慮しなければならない点があります。

物質との相性/親和性

マイクロ波が与えることができるエネルギー式の中にε“複素誘電率という物質固有の値があり、マイクロ波吸収能力を表していることを説明しました。
すべての物質がこの能力が高いとは言えません。同じ物質でも温度が違えばこの能力は大きく変化します。
この能力を正確に測定し評価する必要がありますが、ターゲット物質の能力そのものが低いのであればマイクロ波で加熱することはできないということになります。
ターゲット物質そのものの性質を変えることはできませんが、補助的な物質の添加(マイクロ波吸収体)により解決できることが当社のこれまでの実績からわかっています。
マイクロ波吸収体にマイクロ波エネルギーを与え温度を上昇させ、それを介してマイクロ波吸収能が小さな物質にエネルギーを伝達させ反応の場を提供するという考えです。

漏洩

マイクロ波は目に見えません、また化学物質のようなニオイもありません。したがってマイクロ波が漏洩した場合にはいろいろな影響が出てきます。
例えば電波障害(精密機器の誤作動、携帯電話の通信障害など)や人体内部の温度上昇、火傷などの影響が出てきます。
通常の反応器の場合上部に設置されたノズルのブランジ隙間や撹拌機の軸ノズル等から何も対策をしないとマイクロ波が漏洩します。
当社もこの漏洩には細心の注意を払い設計をしています。具体的にはマイクロ波が漏洩しないノズル長さにする、細い隙間にはマイクロ波漏洩防止用の治具を設置する、あるいはマイクロ波吸収体を設置するなどの対策をとります。また万が一漏洩した場合にそれを検知するセンサーを設置しマイクロ波照射を緊急停止させる対応をしています。

局所集中

「電子レンジの中に金属のものは入れないでください。」との注意書きが電子レンジの取り扱い説明書のなかに記載されています。
マイクロ波は鋭利な金属の先端にエネルギーが集中する性質をもっています。そのため先端で放電が起き、先端が非常に高温になります。
またマイクロ波を吸収する物質、例えば水が水滴の形で金属の表面に存在する場合も同様にエネルギーが集中することがあり、金属の場合と同じように放電を発生することがあります。
反応器内部の構造に対する考慮とマイクロ波照射した時、反応器内部における電界分布の様子をあらかじめ予測し対策をとる必要があります。
内部構造に関する考慮はノウハウに関わることなので詳しく述べることはできませんが、これまでの経験から様々な対策が蓄積されています。電磁界解析シミュレーションによって反応器内部の電界分布が可視化でき、電界集中が発生する場所を特定することが可能です。事前の対策を考え反応器の設計に反映させることができます。
たとえ放電が発生した場合でも瞬時にマイクロ波照射を止める緊急停止のインターロックを実装しています。

高圧系

マイクロ波発信器は一般の電子機器と同じように非常に精密な機器で常温、常圧での場所に設置されます。
一方反応器はそのなかで行なわれる反応により温度は低温から高温まで圧力は真空から高圧までと様々な条件が求められます。
反応器と発信器の間は導波管という金属のダクト、パイプで結ばれ、その間に気密窓という部品が設置されています。
マイクロ波は導波管の中を伝わり反応器へ照射されますが、気密窓はマイクロ波を透過する素材(石英、ガラス、セラミックス、場合によってテフロン板)が使われています。
つまり気密窓の役目はマイクロ波を透過させるが、反応器内の雰囲気ガス(例えば溶剤などの爆発性、引火性ガス)を遮断し発信器側に逆に侵入しないようにするためのものです。
現在世の中に存在する気密窓は大気圧からある程度の真空度までの圧力をカバーするものしか販売されていません。
1MPaや5MPaなどの高圧に耐えうるものがまだない状態です。マイクロ波の適用範囲拡大のためには高圧系でも使用可能な気密窓の開発が必要で、当社で開発中です。

これまで第3のエネルギー伝達手段としてのマイクロ波と通常加熱の違いなどについて比較してきました。
それらをまとめたものがこのレーダーチャートです。

比較12因子

比較12因子レーダーチャート

このチャートから、関心がある多くの因子でマイクロ波加熱に優位性があることがわかります。
まだ工業化レベルでの実績は非常に少ないのですが大きなポテンシャルを持っていると当社は考えています。

何故マイクロ波が工業化されてこなかったのか?

マイクロ波は通信の分野では幅広く使われていますが、加熱手段としては家庭用電子レンジが主で、その他としては大学や企業の研究レベルに使用されるラボ用加熱装置、あるいは特定の分野に利用されている乾燥用加熱装置があるにすぎません。

なぜ工業レベルで使われてこなかったのでしょうか?

これまでの伝熱、輻射を利用した通常加熱は化学工学という学問体系が基盤となっており、ラボから工業化までのスケールアップ手法はこの化学工学をベースに確立されてきました。

一方マイクロ波加熱は主として研究目的として進められていることから、マイクロ波加熱の有効性検証が主眼となっています。
また特定の分野で利用されているとは言っても、汎用的なマイクロ波発振器を購入し、それを使用しているという段階です。マイクロ波加熱においては化学と物理の融合が必要ですが、通常加熱のような化学工学に相当する基盤がなく、確固たるスケールアップ手法も当然ありません。
そういった理由からマイクロ波が広く工業化に使用されてこなかったと考えています。

スケールアップ手法を確立し最適な加熱条件を探し、それに合わせて装置やプロセスを開発するスケールアップ手法とそのエンジニアリングが求められます。
当社は2014年にマイクロ波を合成反応に使用した世界初の工業レベルでの脂肪酸エステルプロセスを開発し、実生産を行ってきました。
スケールアップは次のようなステップで実施してきました。

ラボ検証→ベンチ・パイロット検証→プラント建設

  1. 島屋ビジネスインキュベーター(大阪市)での様子

    島屋ビジネスインキュベーター
    (大阪市)での様子

  2. 神戸市ものづくり復興工場での様子

    神戸市ものづくり復興工場での様子

  3. 大規模マイクロ波化学工場、M3K竣工の様子

    大阪市住之江区にて世界初の
    大規模マイクロ波化学工場、M3K竣工

このステップはこれまでの通常加熱をベースとした化学プロセス開発と同じです。ただし各ステップで実施する内容はこれまでとは大きく異なっています。
マイクロ波加熱では

「何にマイクロ波エネルギーを伝達させるのか」
「マイクロ波をどのように伝達させるのか?」

を常に考える必要があります。「空間を設計する」と述べましたがまさにこの視点をもって設計する必要があります。